【書評】口内に棲みついた万病の親玉
(天野敦雄『長生きしたい人は歯周病を治しなさい』文藝春秋2021.10)

天野敦雄『歯周病』
天野敦雄『長生きしたい人は歯周病を治しなさい』文藝春秋2021.10

 コロナ禍で、歯にまつわる不可解な現象がいくつか起きた。長年、通っていた歯科医院に赴くも、どうも改善の兆しが見えない。小康を保っていたが、診察を受けるにつれ、治療方針に疑念を抱くようになっていた。

 そうした矢先、再び歯がおかしくなった。これを機に、歯科医院を変えることを決意する。そこまではよかったが、新しい歯科医院選びが困難をきわめた。歯科医院がコンビニよりも多いということを痛感させられる。

 歯科医院選びの難しさは、その多さにも一因はある。でも、根本的には自分が置かれている状況がわからないことの方が深刻だ。状況がわからないから、診察前に治療方法の選択肢が判然としない。なので、歯科医院がウェブサイトで掲げる治療方針を見ても、自らの症状と合致するかどうか、計りかねる。まあ、歯に限らず、どの病気でも同じかもしれないが。

 ただし、歯の治療の場合、削ったり、抜いたりすることが一般的な治療としてある。自らの身体の一部を切り取られることになるわけだが、虫歯の治療で手術のように同意書などを求められることはない。そして、その決断は即時に求められる。

 躊躇しようものなら、その日の治療はお預けとなる。予約制の歯科医院が大半なので、次の診察は多くが一週間程度先ということになろうか。痛みが伴う症状であれば、すぐにでも処置してもらいたい。たった今、歯科医から聞かされた診断結果をもとに、提示された処置の諾否を即答しなければならない状況がある。

 決断の正否は、後日、時には数年後を経て、わかる。現時点で、歯は削ったり、抜いたりしたら、再生することはない。だからこそ、歯の病、そして治療方法の選択肢はあらかじめ知っておきたい。前置きが長くなったが、近年、あちこちで耳にすることが多くなった歯周病の現在をまとめたものが本書である。

 本書は、歯周病が社会的に注目されていない時期から歯周病と向き合ってきた天野敦雄が著したもので、新書という体裁をとる。書中には明記されていないが、刊行された出版社や時期を考えれば、同じ著者による「万病のもと『歯周病』に気をつけろ」『文藝春秋』(第99巻第4号、pp.302-309、文藝春秋、2021.4)が一つのきっかけになっていると思われる。

 本書の内容は、歯周病にまつわる8章の話題からなる。それらを大きく括れば、歯周病の原因(第1、2章)、歯周病がもたらす病気(第3、4、5章)、そして予防(第6、7、8章)という3つになろう。

 全体を通して、適宜、実験や調査、論文、知見、経験にもとづく根拠を示しながら、現時点で明らかになっていること、わかってきたこと、わからないことが丁寧に記述される。なので、いずれの内容もすんなりと入ってくるし、歯周病の現在がよくわかる。

 歯がゆいのは、「歯周病は一度なると、自然に治ることは絶対にありません。いったん良くなっても再発します。だから、一生メンテナンスが必要です。」(p.40)と指摘している点である。それは、現時点では根治させる治療法がないことを意味する。となると、タイトルの『……歯周病を治しなさい』との齟齬につながる。

 歯周病を根治させる治療法が断言できないもどかしさは、全編を通じてにじみ出ている。根治が期待できない現状だからこそ、著者はメンテナンスの重要性を指摘し、口腔の状態を改善することを読者にうながす。しかし、どのような状態になれば改善されたといえるのかが、よくわからない。

 本書を読む限り、改善の度合いを示す要素としては、「第7章 歯周病対策の最前線」で言及される「歯周病の細菌検査」(p.147)が重要になってくるのだろう。著者らが、2022年の運用開始を目指しているという「新たな歯周病検査のシステム開発」には大いに期待したい。

 ところで、住んでいる自治体によって実施の有無は異なるのだろうが、評者の居住地では数年に一度、自治体から無料の歯科検診の案内が来る。過去に受けたことがあるが、かれこれ30数年ほど前に小学校で受けた歯科検診のように、あっという間に終わる検査だった印象がある。年に一回受けている健康診査と比べてみても、なんともお粗末に感じられた。

 著者が指摘するように、歯科が「除去歯科から予防歯科の時代へ変化を遂げた」(p.143)のであれば、歯科検診のあり方も変わっておかしくない。加えて、第3章から第5章で言及されているように、歯周病が様々な大病と関係していることが明らかになりつつある昨今では、上記した「歯周病の細菌検査」などが歯科検診や健康診査の一部に盛り込まれる必然性があるように感じられてならない。

 さて、かくなる評者もまた、新たな歯科医院で歯周病の診断を受けた。本書を読んで、すでに数年前、数十年前から歯周病に蝕まれていたようだと理解した。歯周病が厄介なのは、目視で確認しにくく、痛みもほとんど感じないことである。歯周病診断を受けた今、定期的な健診などで早期に発見できるような環境が整備されて欲しいと切に願う。

 歯周病が歯に限らず、万病の親玉であることが解明されつつある今日であるからこそ、高価な歯周病予防の歯磨き粉を買う前に、歯周病の知識を深めるべく、一読をお勧めしたい一冊である。


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